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こくりこっくり25時間
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三. 夢

ヒトというのは睡眠時に見た夢の、ほんの一握りしか覚えていられません。
その殆どが夢主の記憶に残らず、消し去られてしまう。
夢の内容を知る人間はその夢を見た当人だけですから、あとでどんなに思い出そうとしても、夢主が忘れてしまってはかなわないことです。
そう考えると、怖くありませんか?
夢の中で、何か、とんでもないことをしてしまっているかもしれない。
まぁ、夢が夢であればいいでしょう。
現実ではないのだから、そんなことはどうでも。
しかし、「夢を見る」ことは現実に起こっているわけです。
そして、その夢が、夢だった、では終わらない現実だったら。
忘れてしまったら取り返しのつかないことになりかねない。
しかし、夢というのは忘れられていくもの…

私はもう何十年と夢を見ていないのですが、
それでも私は蝋燭を吹き消して眠りにつくとき、いつも子供のように怯えているのです。


彼女の方はどうなのか、私には知る由もありませんが。

四. 若葉の髪の

「さらつさん、」

月火は待合室の患者たちに会釈をしながら、受付の少女の名を呼んだ。
早足で受付に歩み寄る。
さらつは受付のデスクにどんと手をついて、立ち上がった。
その苛立ちに満ちた行動に反して、ゆるくウェーブのかかった黄緑色の髪の毛がふわりと揺れた。
なんて愛らしい。

「あ!ドクター、遅いですよ!
 今まで何してたんですか?
 まぁた寝てたんでしょう!!」

当人は一生懸命に怒っているのであろうが、待合室の患者も当の月火も動じない。
迫力というか、気迫が足りないのである。
見た目には15,6歳ほどにしか思えない小柄さからか。
それとも、子供のように頬を膨らせているからか。
月火はいつものようにのらりくらりと言い訳をする。

「いえ、すみません。
 寝てませんよ。資料の整理をしてたんです。
 だいぶたまっていまして。」

受付の外側に出ているへりに寄りかかりながら、穏やかに月火が目を細める。口の中で少し笑ったようだ。

「んじゃ返事ぐらいしてください!
緊急だって何度も呼んだんですよー!」
「ふふ、すみません。だって貴女は何時もそう言うから。」

ねえ?と月火は待合室の患者に笑いかけると、ある子供が立ち上がって、「センセー、キュウカンです!」とさらつの声色を真似た。
この二人はいつもこうなのだ。子供のころからずっとこの病院に来ている人々だから、よく知っている。
さらつの頬が真っ赤に染まる。

「ち、違いますー!今回は本当に本当に緊急です!
 もう馬車やなんかも手配して、先方にもすぐ行くって言っちゃったんですから。」

さらつは椅子を引いて、ごまかすように大げさな動作でカルテやら請求書やらをデスクの右端にまとめた。
もうずっとこの仕事をしているから、書類の整理は上手だ。
ぱぱっと綺麗に書類をまとめることができる。

「それはほんとに緊急ですねえ…」 

そんな彼女の手元を見降ろして、月火はまだ「からかいモード」だ。

「依頼内容は道中説明しますから、馬車が来る前に荷物作っちゃってください!」
「荷物って…往診用の鞄で十分でしょう?」
「着替えは?洗面用具もですよ!」
「は?」

月火は思わず聞き返した。

「今回は三日ほど泊りがけての治療になりそうですから、着替えなんかも持っていってください。」

当たり前のことのように説明するさらつ。 少し勝ち誇ったような口調だ。

「泊りがけなんて聞いてない!」

月火はあせって受付のヘリから身を起こした。
泊まりがけで往診とはどういうことだ。
前例はほとんどない。

「今さっき入った話なんですから当然です!大きい仕事なんですよ!」
「はぁ…」
「留守は佐竹さんに任せて!五分で荷造りを終えてください!」
「五分!?無理です!」
「頑張ればきっとできます!先生、頑張れっ!」

そう言い残して、さらつは受付を去った。
気づくと、佐竹が次の患者を呼びに診察室から出てきていた。
なんだか少しニヤニヤしている。聞いていたのか。

「先生、もう行くんですか」

患者のカルテに目を通しながら、静かな声で問いかけてくる。

「ええ、支度してすぐ行きますよ」
「いってらっしゃい」

佐竹が少しわらった。
それが面白くなくて、月火はちょっと意地悪に答える。

「私ももう若くないから、出張は佐竹君にお願いしたいんですけどね」
「何言ってるんですか。「魔法使いの先生」。
 不老不死なんでしょう?」

もっと意地悪に返された。
私は君の大先輩で、師匠のようなものじゃなかったか。

「そういったって、年はとってますから、もう若くはありませんよ・・」

月火はため息交じりに答えるのが精いっぱいだった。
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