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こくりこっくり25時間
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一. 真実
 
まさか あなたが

あの大きな ナラの樹が
空いっぱいに広げた 葉の傘を
縫って差し込む 木漏れ日の中で
枯れることのない 白い花を手に
無邪気に笑った
あなたが

もうわたしはあなたをあいさない
あなたもわたしをあいしてはいけない
…わかりましたね

わかったら もう おやすみ

二. ある昼下がり

休息のときが来た。
まどろみに酔う木々や人に、陽の光も欠伸をする。
その男の紙上の文字を追う目も、先ほどから本の向こうを見つめている。
うと、うと。
2,3回まばたきをしたのち、ゆっくりとまぶたが閉じられる。  

「・・ドクター月火!」

階下からかすかに若い女の声がする、気がする。
ああ、さらつさんだ。
しかし男はうつむいたまま返事をしない。
起きて返事をしなくてはいけないような気がするが、背中を包む陽の温もり、これには逆らえない。
仕方ないですよね。そんなに急かさなくても、後でいいでしょう?
うと、うと。
男の手から本が滑り落ちた。
角の剥げたハードカバーが弾んで、ばたんと音をたてる。

「ドクター!」

開け放った窓からやさしく吹き込む初夏の風。
男の黒髪が風にそよぐ。

男は眠りに落ちてしまっていた。


しばらくして、穏やかな足音が階段を上り、ドアの前へと進んだ。
ちょっと時をあけて、ドアをノックする。
硬く乾いた木の、ころころと鳴るような心地いい音がした。
返事がないので、声をかける。

「月火先生、緊急の依頼が入りましたよ。」

若い勤務医の男の声だ。
しかし室内からの返事はまだない。

「…失礼します」

そう言って、ドアが開く。
白衣を纏った明るい茶髪の男が半身を覗かせた。
そして、窓辺の大椅子で頬杖をついて動かない男と、その足元に落ちている本を見つけて困ったように頬を緩めた。
寝息を立て始めた月火にそっと近づく。
本を拾い上げて、その男―月火の肩を叩く。

「先生、」

月火の目が開いた。
月火は上体を起こして、眠たげに白衣の男を見上げ、目をしぱしぱとさせながらも彼に応えた。

「佐竹君ですか、おはようございます。」
「おはようございます。お休みの所申し訳ありません」
「…いえ、仕事ですか?」
「ええ」
「昼休み…は、」
「ええ、先ほど終わりましたよ。
 はい、これ」

両手で顔をこすっている月火に、佐竹が拾った本を差し出す。

「待合室にももう患者さんがいらしてます」

月火は椅子から立ち上がって、ようやく佐竹から本を受け取ったが、まだ動きが鈍い。

「ああ、すみません…すぐ向かいます。」

ゆっくりとそう返事をして、座っていた大椅子に掛けてあった白衣に手を伸ばす。
と、佐竹がそれを制した。

「いえ、先生には緊急の往診の依頼が来ているので、そちらへ行ってください」
「緊急で往診?」
「ええ。」
「救急の患者なら運び込んでもらう方が…動かせないほど重症ですか?」

月火は怪訝そうな顔をした。今はまだ目が覚めたばかりで、仕事をするのも億劫だというのに、往診とは?
大体、往診を依頼するときは余裕を持って連絡してくれるようにと患者らにも言ってあるはずなのに。

「あの…怪我や病気ではなくて、」

雰囲気を察して、佐竹が訂正する。確かではないのですが、と迷うように口の中でつぶやいて、思い切ったようにそれを吐き出した。

「…どうやら、キノコらしいんですよ。」

ロウソクの炎が風にかき消えるように、ふと月火の動きが止まった。

「キノコ。」

白衣を壁にかけなおそうとした、そのままの格好で静止したまま、聞き返した。


もうすぐ夏が来る。
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